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浜寺公園から阪堺電車で今宮戎へ(大阪府堺市西区・大阪市浪速区)

好きなテレビ番組はアド街ック天国とタモリ倶楽部です、森田、森田です。

まずは宣伝を。
「スライム倒して300年」22巻が1月15日頃に発売します! なにとぞ、よろしくお願いいたします!

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ゾロ目の巻です! ぜひお買い求めください!


今回は浜寺公園から阪堺で大阪の南側の市街地のほうへ向かいます。

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浜寺公園駅の旧駅舎が駅すぐそばにあります。1907年の建築で登録有形文化財。設計は辰野片岡建築事務所。赤レンガ系のいい建築をたくさん作ってるところですね。


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柱がおもろいな。


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近くに阪堺の浜寺駅前停留所があります。


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転スラ仕様の車両でした。


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串カツと豚まんか。


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お好み焼きとたこ焼きか。


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途中で乗り換え。逆方向の電車が先に来た。


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終点の恵美須町に着きました。


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近くに今宮戎があります。鳥居型の門。


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こちらが拝殿。戦後の建築ですが、なかなか雰囲気ありますね。
次回は神戸市の明神大社、長田神社を巡ります。

行き方
浜寺公園駅舎……南海浜寺公園駅か阪堺浜寺駅前停留所からすぐ
今宮戎……恵美須町駅などから徒歩。

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蛸地蔵天性寺と紀州街道の街並み(大阪府岸和田市)

好きなテレビ番組はアド街ック天国とタモリ倶楽部です、森田、森田です。

今回は岸和田の主に紀州街道沿いのところを巡ります。

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岸和田駅ではなくて一つ隣の蛸地蔵駅からスタート。といっても、ここも岸和田の中心地にかなり近いです。この駅舎は1925年の建築で登録有形文化財。蛸地蔵の縁起にちなむステンドグラスが作られてます。


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こういう建物です。雑な表現ですが、レトロな駅ですね。


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駅前に三の丸神社があります。ということは三の丸がこのへんにあったのか?


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梅渓寺(ばいけいじ)は、岡部宣勝が高槻から岸和田に移封した時に生母の位牌を栃木県の寺から持ってきて、墓碑を建立、この寺の名前にしました。母親が家康の姪ということで丁重に扱ったのだと思います。


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その隣が蛸地蔵と呼ばれる天性寺です。


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こういう独特の縁起があります。タコが加勢してくれるって、なんでそんな話が伝わったのか。


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地蔵菩薩を祀るのでお堂の形がちょっと変わってます。


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紀州街道に来ました。坂口邸は19世紀前半の建築。


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こちらは川崎邸。こちらは19世紀の建築。


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街道のすぐ隣の筋は大通りでここにだんじり会館があります。


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当たり前ですが、だんじりが内部にある。


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初期のだんじり。これで今のものは絶対想像できん。


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だんじりの写真並んでましたが、普通に上でジャンプしてるんですよね。転落したらどうするんだろ……。



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紀州街道の一里塚の跡地。市指定史跡。


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それなりに古い建物が残ってます。


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中央の金納邸はおそらく明治40年前後にできた頃の雰囲気が残ってます。


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薬種商だった山内邸もかなり古い建物。


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休憩施設も古い建物の再利用です。


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けっこう大きな都市なのにこれだけ街並みが維持されてるのはかなりレアかと。


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久住邸は明治30年代の建築か。


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こちらは両替商だった久住邸。苗字が一緒なのでややこしい。


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街道の中でよく目立つ円成寺。


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右側の住宅の吉野家住宅主屋は1929年の建築で登録有形文化財。


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すぐそばが岸和田城。ここまで街道や商人の住んでた地区と近いあたり、商人の影響力が強い土地柄ということでしょうか。ただの偶然かもしれんが。


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杉江能楽堂は1917年の建築で大阪府内で現存する最古の能楽堂らしいですが入れませんでした。


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和田家住宅は大半の建物が登録有形文化財に指定されています。わかりづらいですが長屋門は1930年の建築で登録有形文化財。


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主屋は1930年の建築。こちらも登録有形文化財。


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こんな感じの岸和田の紀州街道の街並み巡りでした。前回も寄った岸和田駅前にある交野無尽金融岸和田支店。昭和初期の建築です。
次回は浜寺公園駅を巡ります。

行き方
南海蛸地蔵駅から歩いて、岸和田駅に戻ってくるルートだった。両駅間の距離は知れているので、隣の駅に行くルートはけっこう効率がいい。アップダウンもぼないので歩きやすい。
だんじり会館入館料 600円

願泉寺と寺内町貝塚の街並み(大阪府貝塚市)

好きなテレビ番組はアド街ック天国とタモリ倶楽部です、森田、森田です。

今回は貝塚の寺内町エリアの古い建築をじっくり回ります。前回は寺社をメインにやったので今回は町家メインです。

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と言いつつ、どっちみち町家を巡る入口にある願泉寺は行きます。表門は1679年の建築で重要文化財。過去にも見ているのですが、もろに横を通ったので結局訪問。このお寺は本願寺の教団の拠点で、16世紀から寺内町があったそうです(その時代にはこの寺の名前はなかったそうですが)。


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本堂は1663年の建築で重要文化財。


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経蔵は大阪府指定有形文化財。


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鐘楼は1702年の建築で重要文化財。ただし、ほかの寺から持ってきたもので、元からこのお寺にあったものではないです。


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太鼓堂は1719年の建築で重要文化財。


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この目隠塀も重文の一部。


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書院は府指定文化財なのですが、これがそれにあたるか怪しいところ。かなり新しい部材に見えるし、この奥の部分ということでしょうか。


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築地塀も重文の一部に加えられています。


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願泉寺前の通り。並河家住宅主屋は1832年の建築で登録有形文化財。住職の重臣だった一族の家だそうです。


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なかなか雰囲気あります。


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並河家の土蔵は江戸時代中期から後期の建築で登録有形文化財。


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山田家住宅主屋は江戸時代後期の建築で登録有形文化財。


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竹本家住宅西主屋(左側)は1932年の建築、東主屋(右側)は江戸時代後期の建築。どちらも登録有形文化財。


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利齋(りさい)家住宅主屋はもしかすると17世紀までさかのぼるかもしれない相当古い建物で登録有形文化財。


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左側の土蔵は江戸時代中期から後期の建築で登録有形文化財。


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雰囲気ある街並み。大半が一般住居なので重伝建には指定されづらいですが、いずれ指定されそうではある。


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岡本家住宅主屋は18世紀中期ごろまでさかのぼる建物で登録有形文化財。醤油醸造業を営んだ有力町人の家です。


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主屋に並ぶ新蔵は1857年の建築。その左側の蔵は中蔵で享保年間頃の建築かもと言われています。その左の北蔵も江戸時代中期から後期の建築。すべて登録有形文化財。


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目立つ土蔵。宇野家住宅の土蔵です。江戸時代後期の建築で登録有形文化財。


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広い道路に面した宇野家住宅は鋳物業を営んだ家です。主屋は江戸時代後期の建築。左の高塀と西土蔵は明治の建築。すべて登録有形文化財。


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尾食(おめし)家住宅主屋は1839年の建築、後ろの離れ部分もだいたいそれぐらいの建築で登録有形文化財。


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紀州街道に沿ってちょっと南下して一本西の通りに入りました。竹本家住宅主屋は江戸時代後期の建築で登録有形文化財。


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吉村家住宅主屋は18世紀中期までさかのぼる建築で登録有形文化財。蔵二つも登録有形文化財です


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廻船問屋だった廣海(ひろうみ)家住宅主屋は1861年の建築で登録有形文化財。とんでもなく、横に長い。その他、多くの建物が登録有形文化財です。


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このあたりの蔵も登録有形文化財のはず。


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名加(なか)家住宅も登録有形文化財。右が主屋で江戸時代中期から後期頃の建築。左が隠居屋で1872年頃の建築。


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南川家住宅主屋は1927年の建築で登録有形文化財。現在は店舗になっているようです。


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後ろの離れも明治の建築。登録有形文化財。



寺田家住宅はこれまでの古民家とおもむき違って、大豪邸。ここも大半の建物が文化財指定されています。主屋と石DSC00419 - コピー垣塀は昭和前期の建築で登録有形文化財。ほかの建築は多分見えません。


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住宅の本門も登録有形文化財。こちらも多分昭和の戦前期ぐらいの建築です。


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がちがちの浄土真宗の寺内町の貝塚にある妙泉寺はレアな日蓮宗寺院。本堂は1806年の建築。まあ、このお寺があるエリアは願泉寺からはちょっと南にある地区ですが。

こんな感じの貝塚の寺内町巡りでした。次回は岸和田の主に城以外の部分を巡ります。

行き方
南海電鉄貝塚駅から徒歩。

東海道の間の宿佐太と大坂の手前の宿場、守口宿の史跡(大阪府守口市)

好きなテレビ番組はアド街ック天国とタモリ倶楽部です、森田、森田です。

今回は東海道の宿場と宿場の中間地点、佐太を巡ります。そこから、江戸時代、大坂(江戸時代の表記)から見て一つ目の東海道側の宿場町、守口宿を巡ります。

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大坂の地下鉄の谷町線の終点、大日駅からバスに少し乗ると、史跡なんてまったくなさそうな場所に着きます。


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美濃加納藩永井家の陣屋がありました。美濃じゃないやんと思われるかもしれませんが、全然違う場所に領地持っていたりもするのです。関西に1万2000石ほど領有していたそうなので、それの支配・管理のための陣屋です。大坂の蔵屋敷の意味合いも持っていました。


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陣屋跡そばに来迎寺があります。


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庫裏も立派。


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十三重塔は1304年のもので府の文化財。


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続いて、この地区の大きな神社である佐太天神へ。


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現在は駅などがないのであまり知られていませんが、枚方・守口の間にある「間の宿」でした。


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石でできた神門。1648年に神社がだいぶ整えられた時のものか。


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豪商淀屋寄進の石井筒。こういう呼び方するのか……。こちらは1650年のもの。


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拝殿は府指定文化財。


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側面部分。拝殿と本殿の間の幣殿も府指定文化財です。


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本殿は1648年の建築で府指定文化財。なお、拝殿などはもうちょっと新しいようです。


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神社に隣接して菅相寺もあります。


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バス停まで戻って数分歩くと、津島部神社が。縁起式内社です。


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鳥居。


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続いて地下鉄の守口駅まで来ました。ここは駅前から守口宿がスタートします。大坂の手前ですね。
駅前に難宗寺があります。「難」って字が寺の名前に入ってるの珍しいな。境内は狭いながらも真宗寺院の形式をよく残しています。


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門から中に。角地に太鼓楼や鐘楼があって、防御力高め。


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本堂は1807年のもの。


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境内の大いちょうは大阪府の天然記念物。


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本陣跡。建物などは残っていません。


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キャラが守口大根を持っている。


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この守口宿、文禄堤という微高地にあります。


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微妙に高いの、わかりますかね。


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古い建物もかすかに残っています。


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この建物は文句なく立派。


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このあたりは宿場の雰囲気ありますね。


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古民家改装系喫茶店。


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堤の上と下の高低差、わかりますかね。
こんな感じの守口市の史跡巡りでした。
次回は前回に訪問した時は長期工事中で直接見られなかった国宝建築物、瑞巌寺などを巡ります。

行き方
佐太の史跡……大日駅などからバス、佐太天神下車。このあたりのバスは相当ややこしくて、経由地が全然違うので要注意。
守口宿近辺の史跡……ちょうど地下鉄守口駅と京阪守口市駅の間の道なので、どちらかから降りて歩いていくともう片方に着く形になっている。

鴻池新田会所・正俊寺・旧田中家鋳物民俗資料館・崇禅寺(大阪府東大阪市・枚方市・大阪市東淀川区)

好きなテレビ番組はアド街ック天国とタモリ倶楽部です、森田、森田です。


今回は江戸時代の大阪の河内平野の新田開発の拠点、鴻池新田会所を巡ります。会所というのは、すごく雑に言うと、新田開発の管理事務所みたいなものです。鴻池というのはこのへんの地名ではなく、豪商の鴻池善右衛門宗利が新田開発を請け負ったためです。

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鴻池新田駅からスタート。駅自体は都市部にある、ちょっと古い高架駅です。


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こんなところに文化財あるのかと思ったら徒歩数分で、到着。この長屋門は復元整備されたものです。


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本屋(書店という意味ではなく、多分主屋みたいな意味)は1707年の建築で重要文化財。新田経営についての会議などはここで行っていました。


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本屋内部。江戸時代としてはかなりデカい建物です。


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本屋に接続されている屋敷蔵。1746年の建築で重要文化財。


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本屋を庭から撮影。


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裏長屋門は復元整備したもの。


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裏長屋門の前には船着き場がありました。会所は防犯などのために堀で囲まれてましたが、新田で収穫したものは一度この会所敷地に集めて、また川伝いに大坂(当時の呼び方)に運ばれていました。


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この乾蔵は年代が確定してないせいか、文化財指定されていません。1844年以前の建築。年代がわかる棟札とか出てくればおそらく重要文化財になります。


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道具蔵は1740年の建築。重要文化財。


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巨大な米蔵。1707年の建築で重要文化財。


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文書蔵はおそらく会所ができた当初からあったもので重要文化財。


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参拝はできませんが敷地東側に朝日社があります。いわゆる屋敷神のたぐいかもしれませんが、庭にお稲荷さんがあるといった規模のものではありません。


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続いて、学研都市線で長尾駅に行き、駅前の正俊寺へ。なお、正俊というのは江戸時代初期の大坂町奉行などをつとめた久貝正俊(くがいまさとし)にちなむものです。


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この十三重石塔は多分府の有形文化財になっているもの。


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久貝氏の墓所。


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藤阪駅前には枚方市立旧田中家鋳物民俗資料館があります。江戸時代、北河内で唯一、正式な営業許可を得ていた鋳物師の工場と家です。主屋は1739年頃の建築で府の文化財。


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鋳物工場も府指定文化財。内部は展示スペースになってます。


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最後に崇禅寺(そうぜんじ)へ。

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この寺には将軍足利義教の首塚があります。なんで首塚がここにあるかというと、京で義教を討った赤松満祐が首をこの寺に置いて、播磨へ戻ったためです。そのあと、細川氏が首を祀って、そのまま義教の菩提寺としました。


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また、細川ガラシャの墓もあります。やっぱり細川氏と縁が深い寺です。

次回は宮崎県の延岡を巡ります。

行き方
鴻池新田会所……学研都市線の鴻池新田駅から徒歩数分。(有料)
正俊寺……学研都市線長尾駅から徒歩数分。
旧田中家鋳物民俗資料館……学研都市線藤阪駅から徒歩数分(無料)
崇禅寺……阪急京都線崇禅寺駅、あるいは新大阪駅から徒歩。
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