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東福寺後編・万寿寺(京都市東山区)

好きなテレビ番組はアド街ック天国とタモリ倶楽部です、森田、森田です。

前回に引き続き、東福寺です。その塔頭などの関係寺院も一部やります。

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まず、今回は方丈から。こちらは明治時代のものなので、そんなに古くないです。この方丈も拝観料金を払って中が見れます。そんなに古くないなら見るものないだろと思われそうですが、かなり有名なものがあります。

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方丈の横の南門。これも見た目では古く見えますが、近代のもの。といっても、その時代の「代表作(本にあった表現)」と書かれるぐらいで、かなり立派です。

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さて方丈の中へ。もう見たまんまですが、昭和に著名な造園家の重森三玲(しげもりみれい)が作った庭があります。

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枯山水だけど、なんとなく近代的・現代的な感じがあります。これが見ごたえがある。奥の門がさっき、出てきた近代のものです。

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こういう環境で小説書きたい。

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毎日、整備してると考えると相当大変だと思います。

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これもどこか記号的。

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モザイク模様の庭。いかにも外国人観光客にウケそう。

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このあたりで東福寺のメインの敷地の中のものはだいたい見ました。といっても、外側にも無数の塔頭などがありますが。
とりあえず日下門から出ていきます。桃山時代のもので府の文化財。門も古いものがいくつも残ってますので、しばらく門の紹介が続きます。

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臥雲橋(がうんきょう)は普通の道路の途中にある木製の橋。江戸時代後期のもので府の文化財。

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橋を渡って北側に行くと、塔頭のエリアに。一部だけ紹介します。このあたりを歩いてる途中で森田も体力が尽きてきてたようで、全部の塔頭をチェックするのを諦めてました。
こちらは多分大機院。九条家の人の墓があります。九条良経の墓もあるとか。

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同聚院(どうじゅいん)は不動明王を祀ってるせいか、塔頭の中でも密教ぽさがあります。明治のシンデレラと言われたモルガン雪の墓があります。

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退耕庵は1599年、安国寺恵瓊(どうでもいいが案酷似絵系というすごい一発変換が出た)に再興。恵瓊、三成や宇喜多秀家、関ヶ原の合戦の謀議が開かれたと言われてます。

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塔頭エリアをほぼ見終わったあたりにあるのが仁王門。1597年のもので重要文化財。ただ、これ、東福寺の側を向いてないんですよね。北側を向いてます。東福寺の本体は東側、写真だと左側です。じゃあ、この門は何かというと、北側にある万寿寺の門だったものです。

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北大門(桃山時代のもので府の文化財)を出ると、伏見街道に出ます。これでやっと東福寺の敷地の外に出た感じですが、見落としがあるので伏見街道沿いにもう一度南下。

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法性寺が伏見街道沿いにあります。小さなお寺ですが、国宝の千手観音様を所持。

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中大門か南大門のどちらか(桃山時代のもので、例によって府の文化財)。このあたりでまた北に道を引き返してゆきます。寺社めぐりをしてると足腰がマジで鍛えられる。

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さっきの仁王門の奥にある万寿寺。日本史やってた人は京都五山にこの名前あったなということを覚えてるかも。ただ、ここは天正年間に引越してきたもので、元々は三聖寺(さんしょうじ)という寺がありました。明治になって三聖寺の名前を使わなくなって、なんかのっとられたみたいになってます。
拝観はできませんが、入口の鐘楼門は室町のもので重要文化財。

こんな感じで東福寺関係は終了です。一つの寺だけで相当歩いてます。

行き方
前回のものを参照。万寿寺は東大路通り沿いにある。



次回は泉涌寺(せんにゅうじ)のほうに歩いていきます。
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