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中山道の垂井宿周辺の史跡(岐阜県不破郡垂井町)

好きなテレビ番組はアド街ック天国とタモリ倶楽部です、森田、森田です。

今回も垂井を巡ります。


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垂井には中山道の一里塚が現存しています。なお、関ヶ原の合戦では浅野幸長が陣を敷いていました。


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垂井は足利持氏の子供、春王・安王が処刑された地です。


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一方で池田輝政の陣も置かれてます。


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お墓。


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春王・安王が処刑された場所から金蓮寺は少しだけ離れた場所に移転してますが、現存してます。


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なお、人物の特定はできないものの、骨が出てきたそうなので、このお寺が春王・安王の供養をしたのは伝説の域ではなくて事実の可能性が結構高いです。


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専精寺境内は関ヶ原の戦いが起きた時、垂井城があった場所とされています。


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すぐそばに垂井の泉という、垂井の地名発祥の場所があります。


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城の碑。


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南宮大社の鳥居がこのへんにあります。1642年の建築で重要文化財。


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鳥居の裏側。


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中山道と美濃路の境目の部分に来ました。


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1709年に建てられた追分道標。町の史跡。


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垂井宿のほうに来ました。旅籠の亀丸屋は建物の古い部分は1777年といったことが書いてあったんですが、それが事実なら文化財指定したほうがいいのでは。


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ぽつぽつ古い建物があります。


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旅籠だった長浜屋。


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小林家住宅は江戸時代後期の建築で登録有形文化財。こちらも旅籠だった建物です。


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本龍寺の門は脇本陣のものを移築したものだそうです。


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書院の玄関部分も脇本陣からの移築だそうです。


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宿場の西側の入口、西の見付。


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少しだけ宿場から離れます。こちらは八重垣神社。


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さらに少し歩くと南宮御旅神社へ。かつての美濃国総社と言われてる神社です。


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総社と言われてる根拠はこのあたりが美濃国府の遺構だからです。神社の手前の両側あたりが官衙や政庁があった場所です。

こんな感じの垂井巡りでした!
次回は豊後一宮の柞原(ゆすはら)八幡宮を巡ります。

行き方
垂井駅から徒歩で回れる。国府跡あたりまでならどうにか徒歩で回れる範囲。
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