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安国寺・朝光寺・佐保神社・闘龍灘・光明寺(兵庫県加東市)

どもども、森田です。
まず、宣伝から。3月18日『不戦無敵の影殺師(ヴァージン・ナイフ)』と3月25日『烈風の魔札使と召喚戦争』3巻が出ます、なにとぞよろしくお願いします。また、特典情報出していくかと思いますので、そちらもお待ちください!


今回は兵庫県の真ん中あたり、播磨の北あたりをめぐります。ちょうど今大河ドラマでやってる付近の少し東です。
この辺りは、史跡残存率がやけに高くて、過去にも何度か行ってますが、まだまだ行ってないところが残っているので、今回二度ぐらいに分けて紹介していきます。
なお、過去の加東市付近の史跡は、すでに訪問済。
過去記事<若宮八幡宮・住吉神社・播州清水寺>

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まず、最初は安国寺。今はそんなに大きなお寺ではないですが、南北朝時代に全国に一箇所ずつ定められた安国寺の一つ(播磨国の分)です。

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境内はいかにも禅宗の寺という感じですが、境内の裏にすごいものがあります。

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これは6代将軍足利義教の首塚と呼ばれている宝篋印塔です。ここで、もしかしたらピンと来た方もいるかもしれません。そう、足利義教を暗殺した赤松満祐は播磨の守護大名で、暗殺のあと、本拠地の播磨に逃げてきたのですね。それで暗殺の翌月、この安国寺で葬儀が行われました。首は将軍家の使者に渡されて、京に持ち帰られました。そして、この宝篋印塔は室町中期の様式らしく、かなりの確率で、足利義教の供養塔の意味合いで作られたと思われるものです。
なお、なんで赤松満祐が安国寺で葬儀を行ったのか調べてないのでわからないですが、幕府が初期に戦没者供養のために定めた安国寺は、謀殺された将軍の葬儀の場として適切とみなされたのではないでしょうか――とぬるい推測。

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続いて、朝光寺へ。山門は江戸時代のものです。さて、門をくぐると、すぐにメインの本堂が見えてきます。

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本堂は国宝! 以下、ウィキのコピペを。
本堂(国宝)― 寄棟造、本瓦葺き。厨子裏板の墨書により応永20年(1413年)に本尊を移し、正長元年(1428年)に屋根の瓦葺きが完成したことがわかる。建築年代の明らかな、室町時代密教仏堂の代表作の1つであり、和様に禅宗様の要素を加味した「折衷様」建築の代表例でもある。
朝光寺ははっきり言って、知名度的には一般にほとんど知られていません。場所も相当不便な場所にあります。でも、そのせいか、国宝レベルの巨大本堂が現存してます。

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角度を変えてもう一枚。

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多宝塔は江戸中期のもので、県の文化財。

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鐘楼は重要文化財。鎌倉末の造営とされているようです。形が特徴的。

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続いて、旧社町の中心地にある佐保神社。というか、社という地名は、佐保神社にちなむものです。延喜式内社で、各時代を通じてかなり栄えました。建物は多くが江戸時代のものです。

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拝殿は本殿っぽい。鐘楼も境内にあったので、神仏習合の度合いが強かったのでしょうか。
なお、近所に赤穂浪士の墓のある観音寺がありますが、車を止めるところが見つからず、パスしてます。

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さて、ここからしばらく景勝地の写真になります。闘龍灘という加古川の名所です。

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なぜか、加古川はここだけ岩がごつごつしていて、昔は水運がここで一度分断されてました。そのせいで、かえって、この地が栄えたりもしたのですが。

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今でも、けっこう異様な景観。
なお、明治にダイナマイトでぶっ壊して一部、水路をつなげたようですが、鉄道などができると結局水運は衰退したようです。

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まあ、こんなところでした。なかなか面白いところですので、ぜひ一度お立ち寄りください。

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続いて、近くの山をのぼっていきます。展望エリアからの景色。標高はさほどでもないです。

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この山に、光明寺があります。以下にも山岳寺院で、朝光寺と同じように法道仙人開基の伝説があります。

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そこそこ、のぼっていくと建物が増えてくる。

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仁王門をくぐって、本堂のエリアのほうへ。

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これは多分阿弥陀堂だったはず。何度か火事に遭ったのか、あまり古い建物は残ってないです。この阿弥陀堂も元禄ごろのものです。

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本堂は大正のものですが、国登録有形文化財に指定されています。

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合戦跡っぽくなってた。この光明寺、南北朝の動乱で、光明寺合戦というものの舞台になっています。ちょうど観応の擾乱の時期で、尊氏方と直義方が戦い、尊氏のほうが負けました。このあと、高師直たちが没落して殺される伏線になっていきます。

行き方
まとめて行くには車がないとほぼ不可能だが、個別には公共交通機関でもまわれるところも。
・安国寺と朝光寺
バスを使っていくのは、ほぼ無理。とくに朝光寺に至っては付近にバス停もないので、どうしようもない。公共交通機関で最も到達しづらい国宝の一つかもしれないレベル。
・佐保神社と観音寺
神社は神姫バスで社営業所に行くバスに乗れば、そこから徒歩すぐ。観音寺も徒歩でまわれる。
・闘龍灘と光明寺
JR加古川線滝野駅から自然歩道などもあるので、徒歩でめぐれる。ただし、光明寺は山寺なのでそれなりにきついか。


次回は黒田官兵衛ゆかりの地?の黒田庄エリアに行きます。
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